真・やる気 その12
今日もまた、「真・やる気シリーズ」を書いてみよう。
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さて今日は、昨日も少しだけ触れた人間関係に関することについて考えてみようと思う。
今日ここで考えたいことは、
「人を頼ること」
についてである。
人間は独りでは生きていけない、ということは周知の事実である。それ自体、自分も勿論認め認識しているつもりである。それ故、生きていく上で、より良い人間関係を築くことが重要になってくる。
独りでは生きていけないが故に、自分以外の誰かを頼ることは、頻繁に生じるのが必然である。だがここで、どうしても心に留めておかなければいけないことがある。それは、
誰かを頼るには、自分自身が誰かに頼られるだけの存在でなければならない
ということである。
これはつまり、簡単に言えば、「何でもかんでも誰かに頼っていればいい、というものでは決してない!!」ということである。これは当然である。全て人任せであっては、そこに自分は存在しない。そうやって誰かに任せっきりでは、結局は、「自分が良ければそれで良い」という生き方になってしまう。
誰かを頼っていく以上、その恩に報いるのが必然である。特に、我が国日本は、義理と人情の国である。そこに難しい理屈はいらない。受けた恩は、何らかの形でお返しするのが当然である。いつももらいっぱなしでは、人間関係は成立しない。
だからこそ、自分が頼られるような人間になっていない以上、人を頼るべきではない。恩に報いるためには、自分を磨いておかなければいけない。自分を磨くことは、日々の生活の中で十分できることである。何も特別なことは要らない。日々の体験の中で、自分で感じて、自分で身につけていくことなのである。
ここで再び、「学ぶ姿勢」ということが関係してくる。日々の暮らしの中でいろいろ体験しているはずなのである。或いは、何かから知識を得ているはずなのである。が、それを次に活かさなかったら、何の意味もない。生きるということは、日々学ぶことなのである。体験したことや学んだことを活かしていくことにより、自分自身を磨き成長させることができるのである。単に生きている時間を延ばしているだけでは、成長しているとは言えないのである。
さてここで、自分自身に立ち返って考えてみる。自分自身はというと、どう考えても、未だに頼られるような存在には至っていない。ということは、まだ誰かを頼っていい人間ではないと言うことなのである。この時点で、次のような問題が生じる。
頼られる人間になるべく、自らを磨いていくのか
それとも、
頼られる人間ではないので、頼ることを諦めるのか
どちらを選ぶにしろ、それは自分自身である。
僕が誓うすべて すべてを賭けて 僕は失ってゆく
愛しい人 君を思い 君とともに生きてくよ
やさしすぎる僕らはコワガリ
本当の気持ち 上手に言えなかったり
わざと大きなことを言ってみたり
それでももう大丈夫 満たされたから
愛し合う僕たちは 強い風の中 離れても
愛し合う僕たちは いつもそばにいる 祈りの中でずっと
(坂本真綾さん『tune the rainbow』の一節)
あんまり関係ないが、何となく書いてみた。この歌、まともに人前で歌ったことはないなぁ。ちょっと歌えないかな?
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さて、いっちょまえに次回予告をすると、次回は「学ぶ姿勢」についてもう少し掘り下げてみようと思う。
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さて今日は、昨日も少しだけ触れた人間関係に関することについて考えてみようと思う。
今日ここで考えたいことは、
「人を頼ること」
についてである。
人間は独りでは生きていけない、ということは周知の事実である。それ自体、自分も勿論認め認識しているつもりである。それ故、生きていく上で、より良い人間関係を築くことが重要になってくる。
独りでは生きていけないが故に、自分以外の誰かを頼ることは、頻繁に生じるのが必然である。だがここで、どうしても心に留めておかなければいけないことがある。それは、
誰かを頼るには、自分自身が誰かに頼られるだけの存在でなければならない
ということである。
これはつまり、簡単に言えば、「何でもかんでも誰かに頼っていればいい、というものでは決してない!!」ということである。これは当然である。全て人任せであっては、そこに自分は存在しない。そうやって誰かに任せっきりでは、結局は、「自分が良ければそれで良い」という生き方になってしまう。
誰かを頼っていく以上、その恩に報いるのが必然である。特に、我が国日本は、義理と人情の国である。そこに難しい理屈はいらない。受けた恩は、何らかの形でお返しするのが当然である。いつももらいっぱなしでは、人間関係は成立しない。
だからこそ、自分が頼られるような人間になっていない以上、人を頼るべきではない。恩に報いるためには、自分を磨いておかなければいけない。自分を磨くことは、日々の生活の中で十分できることである。何も特別なことは要らない。日々の体験の中で、自分で感じて、自分で身につけていくことなのである。
ここで再び、「学ぶ姿勢」ということが関係してくる。日々の暮らしの中でいろいろ体験しているはずなのである。或いは、何かから知識を得ているはずなのである。が、それを次に活かさなかったら、何の意味もない。生きるということは、日々学ぶことなのである。体験したことや学んだことを活かしていくことにより、自分自身を磨き成長させることができるのである。単に生きている時間を延ばしているだけでは、成長しているとは言えないのである。
さてここで、自分自身に立ち返って考えてみる。自分自身はというと、どう考えても、未だに頼られるような存在には至っていない。ということは、まだ誰かを頼っていい人間ではないと言うことなのである。この時点で、次のような問題が生じる。
頼られる人間になるべく、自らを磨いていくのか
それとも、
頼られる人間ではないので、頼ることを諦めるのか
どちらを選ぶにしろ、それは自分自身である。
僕が誓うすべて すべてを賭けて 僕は失ってゆく
愛しい人 君を思い 君とともに生きてくよ
やさしすぎる僕らはコワガリ
本当の気持ち 上手に言えなかったり
わざと大きなことを言ってみたり
それでももう大丈夫 満たされたから
愛し合う僕たちは 強い風の中 離れても
愛し合う僕たちは いつもそばにいる 祈りの中でずっと
(坂本真綾さん『tune the rainbow』の一節)
あんまり関係ないが、何となく書いてみた。この歌、まともに人前で歌ったことはないなぁ。ちょっと歌えないかな?
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さて、いっちょまえに次回予告をすると、次回は「学ぶ姿勢」についてもう少し掘り下げてみようと思う。
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