真・やる気 その13
くどいようだが、また「真・やる気シリーズ」でも書いてみよう。
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前回、「真・やる気 その12」で、「次回は学ぶことについて書く」といっちょまえに予告したのだが、何度も書いたようなことを繰り返し述べるだけになってしまいそうなので、予定を変更する。
さて、全くやる気がなくなってしまってから久しいが、取り敢えずまだ往生際が悪いようだが生きてはいる。が、当然、人並みの暮らしなど許されない存在である。まぁ、そういう存在だったことはだいぶ前には気付いていたことである。最近、より明確になった、というだけのことだ。
人並みの暮らしができないということは、日常ではその違いがわからないであろう。だが、いざという時に、一般の人たちが何の不自由なくできることが、絶対にできないことがわかった時、その時こそ、絶対に埋めることのできない巨大なギャップを目の当たりにすることになる。今日の”その時”は、ここである(何の話だ)。
その時、自分一人が恥をかくだけならまだ良い。が、たいていの場合、それだけではすまされない。なぜなら、自分にはできないことくらい、自分で千も承知である。が、他の人の場合はそれがわからない。わからないのが必然である。ということは、”その時”である。その「いざという時」になって初めて、自分がそういう状態であることがわかるのである。
そうすると、考えられる次の展開は、2通りである。
1.なぜダメなんだと失望し、一切の信用を失い、永遠の別れを告げるか、
あるいは
2.ダメならダメで仕方がないと開き直って、別な方法を採るか、若しくは諦める
1の場合。実は、これが極めて一般的で正常な判断だと思われるであろう。当然である。いや、必然と言ってもいいのかもしれない。普通の人が何不自由なくできることなのに、何でこの人の場合はできないんだと、疑問に思うのを通り越して、呆れることになろう。しかし、できなかったとしても、できなかったではすまされないことである。今後の長い人生を考えれば、これ以上関わってはいられない。このままいくと、ロクな人生を送ることはできない。
2の場合。こちらはもっと不幸である。今後も関わっていくという選択肢を選んだ結果、その周りの人は絶対に許すことはない。そうすると、一生苦しんでいくことにもなり得る。それだけの覚悟があるだろうか。
ここで、自分に置き換えてみる。無論、自分は人並みの暮らしができない存在である。このとき、自分に関わっている人が1の選択肢を選んでくれれば、まだ気が楽である。自分が軽蔑され失望されただけで済む(厳密には、それだけで済むとは言い難いが)。一方、2の選択肢を選ばせてしまったら、その人に対して、今後一切の人生に責任を負う必要が出てくる。いや、必要ではない。負わなければいけない。
そうすると、再びこういうことが頭をもたげてくる。
自分は、他の人の人生に責任をとれるような人間ではない。
どう楽観視しても、これが現実である。だからこそ、自分は、他の人に対して、2の選択肢を取らせるようなことは、絶対にしてはならない。もうこれ以上、自分のことで誰かを苦しめたくはない。そうならないためにどうするか。最も簡単で確実な方法は、
これ以上関わり合いを持つ人を増やさないこと
である。これは、中3くらいの時にあることがあって、自分なりに悩み考え抜いて出した結論であったが、やっぱりここに戻ってくることになった。
自分の思考は、長い年月を掛けて、巡り廻って再びあるところに落ち着く。これは、今までの趣味に関する移り変わりを見ても実証されている。
例えば、自分の敬愛してやまない國府田マリ子さんの曲についてもそうである。1998年くらいに、初めて國府田マリ子さんのアルバム(『My Best Friend』)を購入した。もともとは、『僕らのステキ』を聞くことが目的であったが、『Horizon』、『Happy!Happy!Happy!』、『Pure』など、お気に入りの曲がたくさんできた。それからしばらくして、國府田マリ子さんのCDを買い集め、お気に入りの曲はどんどん増えていったが、好きな順に並べてみると、結局は、『My Best Friend』に入っている曲が上位を占めている。
逆に言えば、今回のこの件に関しては、中3の時から進歩していないと言うことの実証にもなっている。
せっかくなので、國府田マリ子さんのCDを買い集めるキッカケとなった、『僕らのステキ』を今回の挿入歌にしよう。
悲しみの森を
さまよう君は
ふと空を見て
宇宙を思う
いくつもの銀河
イメージした その胸に
生まれる勇気
夢を見て
歩き出せるのは
僕らのステキさ 君と
未来へゆこう
そばにいて
ささえ合うことは
命のステキのひとつ
孤独に落ちないで
(國府田マリ子さん『僕らのステキ』の一節)
何度聞いても、いい曲だ。カラオケで歌いたい曲No.1。
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前回、「真・やる気 その12」で、「次回は学ぶことについて書く」といっちょまえに予告したのだが、何度も書いたようなことを繰り返し述べるだけになってしまいそうなので、予定を変更する。
さて、全くやる気がなくなってしまってから久しいが、取り敢えずまだ往生際が悪いようだが生きてはいる。が、当然、人並みの暮らしなど許されない存在である。まぁ、そういう存在だったことはだいぶ前には気付いていたことである。最近、より明確になった、というだけのことだ。
人並みの暮らしができないということは、日常ではその違いがわからないであろう。だが、いざという時に、一般の人たちが何の不自由なくできることが、絶対にできないことがわかった時、その時こそ、絶対に埋めることのできない巨大なギャップを目の当たりにすることになる。今日の”その時”は、ここである(何の話だ)。
その時、自分一人が恥をかくだけならまだ良い。が、たいていの場合、それだけではすまされない。なぜなら、自分にはできないことくらい、自分で千も承知である。が、他の人の場合はそれがわからない。わからないのが必然である。ということは、”その時”である。その「いざという時」になって初めて、自分がそういう状態であることがわかるのである。
そうすると、考えられる次の展開は、2通りである。
1.なぜダメなんだと失望し、一切の信用を失い、永遠の別れを告げるか、
あるいは
2.ダメならダメで仕方がないと開き直って、別な方法を採るか、若しくは諦める
1の場合。実は、これが極めて一般的で正常な判断だと思われるであろう。当然である。いや、必然と言ってもいいのかもしれない。普通の人が何不自由なくできることなのに、何でこの人の場合はできないんだと、疑問に思うのを通り越して、呆れることになろう。しかし、できなかったとしても、できなかったではすまされないことである。今後の長い人生を考えれば、これ以上関わってはいられない。このままいくと、ロクな人生を送ることはできない。
2の場合。こちらはもっと不幸である。今後も関わっていくという選択肢を選んだ結果、その周りの人は絶対に許すことはない。そうすると、一生苦しんでいくことにもなり得る。それだけの覚悟があるだろうか。
ここで、自分に置き換えてみる。無論、自分は人並みの暮らしができない存在である。このとき、自分に関わっている人が1の選択肢を選んでくれれば、まだ気が楽である。自分が軽蔑され失望されただけで済む(厳密には、それだけで済むとは言い難いが)。一方、2の選択肢を選ばせてしまったら、その人に対して、今後一切の人生に責任を負う必要が出てくる。いや、必要ではない。負わなければいけない。
そうすると、再びこういうことが頭をもたげてくる。
自分は、他の人の人生に責任をとれるような人間ではない。
どう楽観視しても、これが現実である。だからこそ、自分は、他の人に対して、2の選択肢を取らせるようなことは、絶対にしてはならない。もうこれ以上、自分のことで誰かを苦しめたくはない。そうならないためにどうするか。最も簡単で確実な方法は、
これ以上関わり合いを持つ人を増やさないこと
である。これは、中3くらいの時にあることがあって、自分なりに悩み考え抜いて出した結論であったが、やっぱりここに戻ってくることになった。
自分の思考は、長い年月を掛けて、巡り廻って再びあるところに落ち着く。これは、今までの趣味に関する移り変わりを見ても実証されている。
例えば、自分の敬愛してやまない國府田マリ子さんの曲についてもそうである。1998年くらいに、初めて國府田マリ子さんのアルバム(『My Best Friend』)を購入した。もともとは、『僕らのステキ』を聞くことが目的であったが、『Horizon』、『Happy!Happy!Happy!』、『Pure』など、お気に入りの曲がたくさんできた。それからしばらくして、國府田マリ子さんのCDを買い集め、お気に入りの曲はどんどん増えていったが、好きな順に並べてみると、結局は、『My Best Friend』に入っている曲が上位を占めている。
逆に言えば、今回のこの件に関しては、中3の時から進歩していないと言うことの実証にもなっている。
せっかくなので、國府田マリ子さんのCDを買い集めるキッカケとなった、『僕らのステキ』を今回の挿入歌にしよう。
悲しみの森を
さまよう君は
ふと空を見て
宇宙を思う
いくつもの銀河
イメージした その胸に
生まれる勇気
夢を見て
歩き出せるのは
僕らのステキさ 君と
未来へゆこう
そばにいて
ささえ合うことは
命のステキのひとつ
孤独に落ちないで
(國府田マリ子さん『僕らのステキ』の一節)
何度聞いても、いい曲だ。カラオケで歌いたい曲No.1。
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